絵の世界からWebデザインとエンジニアリングの世界へ
藝大の油画専攻からWebエンジニアになるというのは異色の経歴ですね。
飯塚さん: そうですね(笑)。油絵だけで稼いでいくというのは、やはり難しい面があるんです。そう考えたとき、「自分がこれまでやってきたことを生かせるのは、デザインじゃないか」と思ったんですね。絵の世界と似ているのではないか、と思ってWebデザインの世界に入ったのですが、両者が全く異なるものだったことには驚きました。
アートの世界も、Webデザイン・エンジニアリングの世界も両方経験した上で見えてきたのは、アートは「問題提起」、デザインは「課題解決」なのではないか、ということです。
アートは、ひたすら自分の内面を追求して作品をつくっていくので、どんどん個に向かっていくような世界なのですが、デザインの世界は「課題を解決する」という性質上、クライアントとのコミュニケーションがとても重要になります。
クライアントの方々と話をしていく中で、彼らが気づけなかったことに気づいたり、うまく表現できなかったところを言語化したり——というように、「第三者の視点で企業の抱える問題を可視化して整理し、解決するプロセス」がとても新鮮で興味深かったですね。さらに、これまで接点がなかった分野のことをクライアントの方々からお聞きして、それが自分の中での気づきにつながることも多かったので、一気にデザインの世界にのめり込んでいきました。これまでの「一人で追求する世界」とは真逆の「みんなで作っていく世界」に魅力を感じた、というのは大きかったと思います。
最初は独学でWebデザインを学んだとお聞きしています。それがなぜ、エンジニアの世界にシフトしたのですか?
飯塚さん: Webデザイン系の職業訓練校を探して、そこで基礎を学びました。最初に入った会社はハローワークで見つけたのですが、ここではいろいろなことを勉強させてもらいました。
実はエンジニアの仕事を始めたのも、この会社に入ってからなんです。Webデザインの勉強はしたものの仕事でデザインをしたことがなかったので、最初はデザイナーとして役に立てなかったんです。当時はまだ、油絵とデザインの違いがわかっていなかったというのもありましたね。そんなこともあって、まずはマークアップエンジニアの仕事をすることになったんです。
この会社ではありがたいことに、エンジニアリング以外の仕事も担当させてもらいました。実はそれが、今のキャリアにとても役立っています。具体的には、見積もりや提案書の作成など、営業以外のほぼ全ての仕事をこなしたのですが、これらの仕事を通じてだんだんと課題解決までのプロセスや、その中でのデザインの位置付けがわかってきたのです。
まずはありたい姿(全体感)と、それを実現するためにすべきことをクライアントの方々と一緒に考え、課題を整理して解決していくことがデザインの役割だと理解できたのも、この経験があったからだと思っています。「どのフェーズで、どの対策が必要なのか」が見えてきましたね。
次に大手人材会社でWebサービスのA/Bテストを担当したのですね。
飯塚さん: 大手人材会社が提供するWebサービスのA/Bテストの仕事をすることになりました。これまでの会社では極端な話、「クライアントの社長さんが気に入ってくれればいい」という感じがあったのですが、新しい仕事はコンシューマーの方々向けのサービスだったので、対象となるお客さんの数もペルソナも大きく異なります。
A/Bテストは、ページの一部を変更したWebページを2パターン用意して効果を比較するもので、僕はスケジュール調整支援ツールを担当しました。デザインやパターンの検証を繰り返す中で、これまで少し定性的に捉えていたデザインの価値を、定量的に捉えられるようになりました。マーケティング感覚が身につき、「道具としてのデザイン」を考える上で、とても大事な経験になったと思っています。
「自身の提供できる価値」が見えてきて、フリーランスとして独立
こうした経験を通じて、飯塚さんが仕事をする上で大切にしようと思うことが見えてきたのですね。
飯塚さん: そうですね。仕事をする上では「クライアントが求めることと、僕が提供できる価値について対話し、互いに合意していること」を大事にしています。
対話を大事にする理由は、課題の解決が必ずしも、クライアントの方々が考えている方法ではない場合もあるからです。クライアントが抱えている問題を、医師が問診するように聞き取って、その解決策が一から立ち上げるWebページなのか、SNSの活用なのか、SEO対策なのか、それともIT以外の方法なのか——を一緒に考えていく。
クライアントの中でもやもやしていることを、「実現したいのはこういう世界じゃないですか」と、僕が言葉やデザインで提示すると、とても喜んでいただけて。例えばクライアントの思いとそのための対策がズレていた場合も、僕が第三者視点で客観的に見るからこそ「実はこういうことじゃないですか?」と提案できる。対話の中で「たしかに!」と思ってもらう中で、互いの信頼関係が深まっていくのはとても楽しいしやりがいがあります。
Web周りのデザイン、エンジニアリング、マーケティングの知識を身につけ、自身が仕事をする上で大事にしたいことも見えてきたところでフリーランスとして独立したのですね。
飯塚さん: そうですね。Webの立ち上げから制作、マーケティングまで一通りのことができるようになったのと、自分が提供できる価値が明確になってきたことから、フリーランスでやっていけるかもしれないと思うようになりました。
ちょうどそのタイミングで、以前一緒に仕事をしていた人が起業したので、そのお手伝いをしながら他のベンチャー企業を支援するような形でフリーランスの世界に入りました。
フリーランスとして仕事をする中でコードクライマーの内田さんに出会ったのですね。
飯塚さん: ある共通の仕事で同じトラブルに巻き込まれたことが縁で知り合ったのですが、話を聞いて「面白いビジネスモデルだな」と思ったんです。どこが面白いと思ったかというと、「企業とエンジニアをマッチングして終わり」ではなく「そこからが始まり」というところですね。
エンジニアが企業で働き始めてからも、雇う側の企業とエンジニアに対してコードクライマーが定期的にヒアリングを行い、双方の状況や要望を吸い上げて、それぞれにフィードバックしたり調整したりするのも面白いと思ったし、そのデータを蓄積して分析し、マッチングの精度を高めるのに役立てているのも興味深かったですね。
エンジニアの世界はトレンドの変化も激しいですし、企業側のニーズも目まぐるしく変わります。そこに対して、常にエンジニアと企業にヒアリングし続けることで最新の情報をキャッチアップし、マッチングに生かしているところは、僕にとってとても魅力的でした。
「10年後の自分」がエンジニアとしてやっていけるのか不安に
コードクライマーの内田さんからサービスを始めるきっかけを聞いている時に、自身の将来に不安を覚えたのですね。
飯塚さん: そうなんです。サービスの背景をお聞きしている時に、中長期的な視点を持ってキャリア設計をしなかったことから仕事が大幅に減ってしまった50代のエンジニアの話が出て、「これは、どんなエンジニアも直面する大きな問題であり、自分も無縁ではない」と思ったんです。
これまでは、仕事を通して自分のスキルを増やし、磨いていくことに精一杯で、5年後、10年後の自分がWebエンジニアとしてどうなっていたいのか、そのためにどんなスキルを身につけるべきなのか——ということまでは深く考えてこなかったんです。でも、当時はちょうど家族が増えたタイミングでもあり、このままではいけない、と思ったのです。
内田さんからみて、飯塚さんのキャリアにはどんな課題があったのですか?
内田: 最初に入ったWeb制作会社で、ヒアリングから提案、実装までの一通りのことができるようになっているのはとても良いと思いました。経験していたプロジェクトが少しレガシーな感じがしたのですが、大手人材会社でモダンなWebサービスにも携わり、さらにUI/UXまわりのスキルも獲得しています。あとはもう少し、フロントエンド実装のスキルが身につくといいかなと思いました。
そんな飯塚さんにぴったりな仕事があったのですね。
内田: ちょうどその頃、ある勢いのあるベンチャー企業が、フロントエンドデザイナー(UI/UXの知見を持ち、主にデザインに関わる領域のフロント実装ができるポジション)を探していたんです。ビジネスモデルやビジョンは確立していたのですが、エンジニアに求める要件も高く、体制の構築がうまく進まずに開発スピードを上げることができていなかったんです。ベンチャーなので、「自走できる人材」というのも条件の一つでした。
飯塚さんは、要求の整理からデザインへの落とし込み、実装・分析から提案までの一連の対応ができるので、「ビジネス側が描く世界観をWebデザインやエンジニアリングに落とし込む」というこの仕事にぴったりだと思ったのです。即戦力のエンジニアに比べて経験が足りないフロントエンドの実装部分についても勉強しつつ、担当させてもらえるということだったので、飯塚さんのスキルアップにもつながります。
これまでのスキルを磨きつつ、Webエンジニアとして身につけておくべきスキルを獲得できるのは、飯塚さんの今後のキャリアにプラスになると思いました。
飯塚さんは、この仕事を受けて成長を実感できましたか?
飯塚さん: この仕事は、ビジネスと開発の間の「コミュニケーションハブ」のような役割だったのですが、家庭の事情でリモートワークせざるを得ない状況でした。当時はコロナ前で、リモートワークの不安もあったのですが、内田さんが間に入ってくださったこともあって、スムーズに仕事をこなすことができました。スキルも身について先方からも信頼してもらえましたし、エンジニアとしての単価も上がったので、ありがたかったですね。
「10年後にありたい姿」から逆算して必要なスキルを洗い出してみると
飯塚さんはその後、自身でSEOのサービス開発とローンチを経験し、再びコードクライマーとの関係を復活させたのですね。
飯塚さん: 内田さんの紹介でベンチャーの仕事をした後、サービスを一から作る事業開発の一連の流れを経験したいと思って、SEOサービスの立ち上げに参画しました。僕はフロントエンド側のほぼ全てを担当したのですが、やはりフロントエンジニアとしてやっていくには、もっと高い技術レベルが必要だとわかって、再びコードクライマーさんに相談したのです。
内田さんはその時、キャリア設計について飯塚さんとどんな話をしたのですか?
内田: 飯塚さんはその当時33歳だったので、20代で獲得した専門性を広げたり深めたりしながら、「自分の名刺がわりになるような仕事をつくる」ことが大事だと思いました。それと同時に、40代になった時に「Webデザイナーとして、エンジニアとして、どんな仕事人生を歩んでいきたいのか」を考え、そのために必要なスキルを洗い出して獲得することも重要でした。
ですから、飯塚さんの「10年後にありたい姿」はもちろん、そうなるためには何が足りないのか、どんな企業でどんなスキルを身につければいいのか——といったころを、これまでの仕事を棚卸しながら整理することから始めました。
飯塚さんは10年後の自身の姿をどのように思い描いているのですか?
飯塚さん: やはり僕の中にある「アート」を、何らかの形で今の仕事に生かしたいと思っているんです。
まだ、うまく言語化できていないのですが……例えば、Webサイトは今、SEO対策やABテストによってアクセス数を上げることができ、さまざまなサイトやコンテンツが可処分時間を奪い合っています。でも、それはともすると、「いかに人の欲望を喚起して、お金を使わせるか」という方向に傾きやすいという側面もあります。つまり、デザインが「企業にとっての課題解決」にはなっているけれど、当事者である「消費者にとっての課題解決」にはなっていないこともあるんです。
こうした矛盾を解決するための糸口になるのが「アートによる問題提起」なのではないかと思っていて、それを今の仕事に絡めて形にできたらと思っています。NFTがデジタルアートのあり方を再定義するなど、新しい流れが起こっている中で自分の価値を高めていくためには、もっとフロントエンドエンジニアとしての経験を積む必要があると思っています。
もう一つは、油絵を学んできた身としては、数式で書けないようなものが人の心を動かすところもあると思っていて、それを何らかの形で表現していきたい。この両輪を自分の価値につなげていきたいですね。
その話を聞いて内田さんは、飯塚さんの思い描く10年後につながるようなどんなキャリアを提示したのですか?
内田: 2つの案件を提案しました。1つは今、成長軌道に乗っているスタートアップで、プロダクト全体をデザインするところから入ってほしいというCDO的なポジションの仕事です。どちらかというとデザイン方面のスキルを高める案件ですね。
もう一つは新規サービスの画面設計やWebデザインをメインでやりながら、フロントエンドエンジニアの仕事にも越境していけそうな案件で、エンジニアリング方面のスキルの向上につながる案件でした。
飯塚さんはどちらの案件を選んだのですか?
飯塚さん: 3年後に、どっちのスキルが上がっていた方がいいかと考えたときに、エンジニアとしての実力が上がっている方が大事だと思って後者に決めました。内田さんがフロントエンドエンジニアとしての比重を徐々に増やすよう会社と調整してくれたのはありがたかったですね。
実際に働き始めたところ、社内にレベルの高いエンジニアがたくさんいて、その方々のソースコードを見ながら学べるという最高の環境でした。10年後の「なりたい自分」に一歩ずつ近づいているという実感があります。
今後、コードクライマーに期待することはありますか?
飯塚さん: 「エンジニアに伴走し、共に課題を解決する」というコードクライマーの理念に共感しておつきあいさせていただくことになったのですが、当初はどこかで「仕事のことは、自分一人でもどうにかなる」と思っていたところがあったんです。
でも、内田さんと具体的にキャリア設計の話をするようになって、自分のキャリアの足りない部分を整理してもらったり、「もっとこうしたほうが今の能力をスケールさせられる」といったアドバイスをもらったりするうちに、「自分は何もわかっていなかった、このサービスを必要としているのは、まさに自分だった」と気づいたんです。
5年先、10年先のありたい姿から逆算して、今、必要なスキルを考えるというのは、一人ではなかなかできないことですし、目まぐるしく移り変わる技術トレンドや市場のニーズを追い続けるのも難しいものです。これからも、そこをお任せできるプロフェッショナルとして、エンジニアを支え続けてほしいですね。